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反り腰の原因は上半身にある!?~アレクサンダー・テクニークによって起こった変化②

アレクサンダー・テクニークによって私に起こった変化➀の続きです。

かつて私が自分自身の姿勢について主に自覚していたのは、一般にいう「反り腰」でした。反り腰にならないよう、努力して骨盤を後傾させたりもしていました。しかし、それらはすべて、望んでいる効果を生んでいないどころか逆に変なクセとなって私を苦しめる結果を生んでいました。問題は、骨盤だけではなかったのです。

アレクサンダー・テクニークを始めてようやく気づいたのは、自分が自分自身の身体について「やっていること」でした。腕を後ろに引き、それによって頭は後方へ傾き、胸椎は後方に伸展させられ、膝は過伸展し、踵に重心が傾いていました。今でもすべてが完全に改善したわけではありませんが、当時の私は四六時中これをやっていたのです。それが、自分にとっての「良い姿勢」であり、身長149センチの私が自分を大きく見せるために努力して得た身体的習慣だったのです。

つまり、骨盤よりもむしろ、上半身の状態が私の脊椎全体のカーブを急激にし、結果的に反り腰状態をエスカレートさせていました。この状態では、頭の重さによって全体が押し下げられているため、自分を大きく見せるどころか、脊椎全体を短くしてしまいます。

このような私の姿勢は、自分の前側だけを見たときには大きく感じられますが、背中側は収縮しているため、後ろから見るとむしろ小さく見えてしまいます。ダンスをする人はほとんどが鏡を見て練習しますから、自分ではなかなか気づきにくいのです。

しかし、身体はこの状態で私という生命体をできるだけ健康に維持するためにさまざまな対策を行います。胸椎を後ろに伸展させているため、全体のバランスをとろうと無意識にアゴを引いていたのです。

今思えばユース(身体の使い方)の悪さオンパレードだったわけですが、そのときの私はほとんどそれに気づかずにいました。反り腰についてはわかっていたけれど、まさか自分が腕を後ろに引いているとか、アゴを引いているなんて、思いもよらなかったのです。

余談ですが、これが頭痛を引き起こしていたということが、ここ数週間ではっきり感じられるようになりました。これについてはまた別に書きます。

こうした身体の使い方は、さまざまな身体的不快感となって、年齢を重ねてくるといよいよ無視できないものになっていきます。なんとなく感じていた息苦しさ、喉のつまり、胸のつまり、不完全な呼吸から生じる口呼吸。もちろん首や肩の凝りもひどく、腰も危機一髪の緊張状況にあったのですが、若い頃はなんとかやり過ごしてこれたのでこれらをあまり自覚していなかったのです。

よくよく思い返してみると、息苦しさというのは20代の頃から感じていたものでした。息苦しさとはどういうものかというと、文字通り呼吸ができない、気道を空気がスムースに通っていかない感覚です。当然、呼吸は浅くなります。その息苦しさはときにひどくなり、ときにはまったくなくなりました。

ずっとずっと、その原因がわからないままでした。息苦しさは慢性化し、私は無自覚になっていきました。でもアレクサンダー・テクニークのレッスンを受けるうちに、それがしだいに表面化してきて無視できないものになり、「苦しい」とやっと口にできるようになったのです。そして、ようやく気づきました。それらはすべて頭の重さを脊椎方向に押し下げていることによって起こる、首への圧迫、肋骨への圧迫、さらには内臓への圧迫だったのです。ここまで気づくのに、5年かかりました。

私が知る限り、最も効率の良い姿勢改善法は、最も高いところにある最も重い頭から始めることです。頭の重さから解放されれば、脊椎は本来のなだらかなカーブを取り戻します。多くの人は5キロの重さの頭に無自覚で、その重さを脊椎の方向に押し下げており、脊椎全体の構造が崩れてバランスを失った状態で生活しています。実際、私がそうでした。

アレクサンダー・テクニークでは熟練した先生が「ハンズオン」と呼ばれるごく軽いタッチで頭に触れ、身体的気づきを得るのを手助けしてくれます。すると、少しずつ少しずつ変化が生じてきます。

人間には「古い脳」と「新しい脳」があり、記憶や思考、言語を操るのが「新しい脳」の働きだとすると、「古い脳」は生きていくために最低限必要な機能、たとえば姿勢の維持や三大欲求、自律神経の働きなどを司るそうです。動物などと比較して、人間はこの「新しい脳」を顕著に発達させてきたのですが、それゆえにややこしいことが起きやすくなります。それが、動物にはない身体的なクセが人間に顕著に現れる理由です。

歩き始めて間もない小さな子供には、身体的クセはほとんどありません。悲しいことに、教育を受け始め、社会に順応しようとすると、しだいに身体的クセが現れ始めます。

アレクサンダー・テクニークのレッスンというのはとても不思議です。先生は手によって、また言葉や、思いもつかない提案によって、私たちを自分のパターンから新しい世界へと導いてくれます。頭を後ろに傾けている人が、頭を後ろに傾けるのをやめたとき、始めてその人は今まで頭を後ろに傾けていたことに気づくのです。それは、久しぶりに味わう「努力していない自分」の体験です。

これが、アレクサンダー・テクニークが施術やセラピーではなく、再教育であるとされる理由です。こういう体験を繰り返すうちに、だんだんと身体的な感性が研ぎ澄まされていきます。それは身体的な解放であり、精神や魂の解放でもあります。重要なのは、変化は自分自身で起こすのだということです。

また、それに付随していろいろな気づきがもたらされます。自分を大きく見せようとして自分がやってきた努力、「こうでなければならない」と思い込んできたこと。私が愕然としたのは、10歳頃の自分の写真を見たときに、すでに今の自分の身体的クセが始まっているのに気付いたことでした。

多くの人が「努力して」身体的クセを創ってしまいます。ちなみに、腕を後ろに引いたいわば「気をつけ」の姿勢は、主に日本人の特徴だそうです。私が思うに、真面目であるほど、向上心が強いほど、この傾向が強いように感じられます。それほどに、身体というのはさまざまな思いをまさに体現しているのです。だから、自分を隠して生きることは、ましてや踊ることは本当はできません。すべて見えてしまっているのです。恥ずかしながら。

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